社会にもなお醜行の盛んなるを見聞したらば、幸いに取って以て自省の材料にこそ供すべけれ、いかに自儘《じまま》なる説を作るも、他の悪事を見て自家の悪事を恕するの口実に用いんとするが如きは、我輩の断じて許さざる所なり。近く比喩《たとえ》を以てこれを示さんに、不品行によりて徳を害するも、虎列剌《コレラ》毒に触れて身を害するも、その害は同様なるべし。然るに今|虎列剌《コレラ》の流行に際して我が保身の法を如何《いかん》するや。天下の人|皆《みな》病毒に感ず、流行病は天下の流行にして、西洋諸国また然りとのことなれば、もはや我が身も自ら顧みるに遑《いとま》あらず、共にその毒に伝染して広く世界の人と病苦死生を与《とも》にすべしとて、自暴自棄する者あるべきや。我輩未だその人を見ざるのみならず、その流行のいよいよ盛んなるに従って自ら戒むるの法もいよいよ綿密にして、謹慎に謹慎を加うるは、世界古今人情の常なり。人生の身体とその精神と、いずれをも軽しとしまた重しとすべからざるはいうまでもなきことにして、今|内行《ないこう》の不取締は、人倫の大本《たいほん》を破りて先ず精神を腐敗せしむるものなり。身体を犯すの病毒は
前へ
次へ
全60ページ中44ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
福沢 諭吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング