権を張りて節を屈せざると、二者その趣を殊《こと》にするが如くなれども、根本の元素は同一にして、私徳私権|相《あい》関《かん》し、徳は権の質《しつ》なりというべし。試みにこれを歴史に徴するに、義気|凜然《りんぜん》として威武も屈する能《あた》わず富貴も誘《いざの》う能わず、自ら私権を保護して鉄石の如くなる士人は、その家に居《お》るや必ず優しくして情に厚き人物ならざるはなし。即ち戸外の義士は家内の好主人たるの実《じつ》を見るべし。いかなる場合にも放蕩《ほうとう》無情、家を知らざるの軽薄児が、能《よ》く私権のために節を守りて義を全うしたるの例は、我輩の未だ聞かざる所なり。
窃《ひそ》かに世情を視《み》るに、近来は政治の議論|漸《ようや》く喧《かまびす》しくして、社会の公権即ち政権の受授につき、これを守らんとする者もまた取らんとする者も、頻《しき》りに熱心して相争うが如くなるは至極当然の次第にして、文明の国民たる者は国政に関すべき権利あるが故に、これを争うも可なりといえども、前にいえる如く、この公共の政権を守り、またこれを得んとするには、先ず一身の私権を固くすること肝要にして、その私権を固く
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