ずるを知らざるものなきにあらず。文明進歩して罪を野蛮人に得る者というべし。学術技芸|果《は》たして何の効あるべきや。我輩は我が社会を維持して国を立てんとするに、むしろ無学無術の人と事を共にするも、有智の妖怪と共にするを欲せざる者なり。そもそも我が日本国の独立して既に数千年の社会を維持し、また今後万々歳に伝えんとするは、自《おの》ずからその然《しか》る所以《ゆえん》の元素あるが故なり。即ち社会の公徳にして、その公徳の本《もと》は家の私徳にあり。何者の軽薄児か、敢《あ》えて文明を口に藉《か》りて立国の大本《たいほん》を害せんとするや。我が道徳は数千年に由来してその根本固し。豈《あに》汝らをして容易にこれを動揺せしめんや。天下広し、我輩徳友に乏しからず。常に汝らの挙動に注目して一毫《いちごう》も仮《か》さず、鼓《つづみ》を鳴らしてその罪を責めんと欲する者なり。
 人間|処世《しょせい》の権理《けんり》に公私の区別ありて、先ず私権を全うして然る後、公権の談に及ぶべしとの次第は、かつて『時事新報』の紙上にも記したることなるが(去年十月六日より同十二日までの『時事新報』「私権論」)、そもそもこの私
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