むることなし。けだし潔清無垢の極はかえって無量の寛大となり、浮世の百汚穢《ひゃくおわい》を容《い》れて妨げなきものならんのみ。これを、かの世間の醜行男子が、社会の陰処《いんしょ》に独り醜を恣《ほしいまま》にするにあらざれば同類一場の交際を開き、豪遊と名づけ愉快と称し、沈湎《ちんめん》冒色《ぼうしょく》勝手次第に飛揚して得々《とくとく》たるも、不幸にして君子の耳目に触るるときは、疵《きず》持つ身の忽《たちま》ち萎縮して顔色を失い、人の後《しりえ》に瞠若《どうじゃく》として卑屈|慚愧《ざんき》の状を呈すること、日光に当てられたる土鼠《もぐら》の如くなるものに比すれば、また同日の論にあらざるなり。
 近来世間にいわゆる文明開化の進歩と共に学術技芸もまた進歩して、後進の社会に人物を出《いだ》し、また故老の部分においても随分開明説を悦《よろこ》んで、その主義を事に施さんとする者あるは祝すべきに似たれども、開明の進歩と共に内行の不取締もまた同時に進歩し、この輩が不文《ふぶん》野蛮と称して常に愍笑《びんしょう》する所の封建時代にありても、決して許されざりし不品行を今日に犯し、恬《てん》として愧《は》
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