多し。人間の大事、社会の体面のためと思えばこそ、敢《あ》えてこれを明言する者なけれども、その実は万物の霊たるを忘れて単に獣慾の奴隷たる者さえなきにあらず。
いやしくも潔清《けっせい》無垢《むく》の位《くらい》に居《お》り、この腐敗したる醜世界を臨《のぞ》み見て、自ら自身を区別するの心を生ぜざるものあらんや。僅《わず》かに資産の厚薄、才学の深浅を以てなおかつ他と伍《ご》をなすを屑《いさぎよ》しとせず。いわんや人倫の大本、百徳の源たる男女の関係につき、潔不潔を殊《こと》にするにおいてをや。他の醜物を眼下に視《み》ることなからんと欲するも得《う》べからず。即ち我が精神を自信自重の高処に進めたるものにして、精神|一度《ひとた》び定まるときは、その働きはただ人倫の区域のみに止《とど》まらず、発しては社会交際の運動となり、言語応対の風采となり、浩然《こうぜん》の気《き》外に溢《あふ》れて、身外の万物恐るるに足るものなし。談笑|洒落《しゃらく》・進退自由にして縦横|憚《はばか》る所なきが如くなれども、その間に一点の汚痕《おこん》を留《とど》めず、余裕|綽々然《しゃくしゃくぜん》として人の情を痛まし
前へ
次へ
全60ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
福沢 諭吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング