婦は二個の他人の相《あい》合《お》うたるものにして、その心はともかくも、身の有様《ありさま》の同じかるべきにあらず。夫婦おのおのその親戚を異《こと》にし、その朋友を異にし、これらに関係する喜憂は一方の知らざる所なれども、既に一身同体とあれば、その喜憂を分かたざるを得ず。また平生《へいぜい》の衣食住についても、おのおの好悪《こうお》する所なきを期すべからずといえども、互いに忍んでその好悪に従わざるべからず。またあるいは一方の病気の如き、固《もと》より他の一方に痛痒《つうよう》なけれども、あたかもその病苦を自分の身に引受くるが如くして、力のあらん限りにこれを看護せざるべからず。良人《りょうじん》五年の中風症《ちゅうふうしょう》、死に至るまで看護怠らずといい、内君《ないくん》七年のレウマチスに、主人は家業の傍《かたわ》らに自ら薬餌《やくじ》を進め、これがために遂に資産をも傾けたるの例なきにあらず。
 これらの点より見れば、夫婦同室は決して面白きものにあらず。独身なれば、親戚朋友の附合《つきあい》もただ一方にして余計の心配なく、衣食住の物とて自分|一人《ひとり》の気に任せて不自由なく、病気も一
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