に斃《たお》る。その間に時なし。モルヒネ、砒石《ひせき》は少しく寛《かん》にして、死にいたるまで少しく時間あり。大黄《だいおう》の下剤の如きは、二、三時間以上を経過するに非ざれば腸に感応することなし。薬剤の性質、相異なるを知るべし。また、草木に施す肥料の如き、これに感ずるおのおの急緩の別あり。野菜の類は肥料を受けて三日、すなわち青々の色に変ずといえども、樹木は寒中これに施してその効験は翌年の春夏に見るべきのみ。
 いま人心は草木の如く、教育は肥料の如し。この人心に教育を施して、その効験三日に見るべきか。いわく、否《いな》なり。三冬の育教、来年の春夏に功を奏するか。いわく、否なり。少年を率いて学に就《つ》かしめ、習字・素読《そどく》よりようやく高きに登り、やや事物の理を解して心事の方向を定むるにいたるまでは、速くして五年、尋常にして七年を要すべし。これを草木の肥料に譬《たと》うれば、感応のもっとも遅々たるものというべし。
 また、草木は肥料によりて大いに長茂すといえども、ただその長茂を助くるのみにして、その生々の根本を資《と》るところは、空気と太陽の光熱と土壌|津液《しんえき》とにあり。
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