記さんに、先生は夙《つと》に此一事に心を籠《こ》め、二十五歳の年、初めて江戸に出でたる以来、時々貝原翁の女大学を繙《ひもと》き自から略評を記したるもの幾冊の多きに及べる程にて、其腹稿は既に幾十年の昔に成りたれども、当時の社会を見れば世間一般の気風|兎角《とかく》落付かず、恰も物に狂する如くにして、真面目《まじめ》に女学論など唱うるも耳を傾けて静に之を聞くもの有りや無しや甚だ覚束《おぼつか》なき有様なるにぞ、只これを心に蓄うるのみにして容易に発せず、以て時機の到来を待ちたりしに、爾来《じらい》世運の進歩に随い人の心も次第に和ぐと共に、世間の観察議論も次第に精密に入るの傾きある其中にも、日本社会にて空前の一大変革は新民法の発布なり。就中《なかんずく》親族編の如きは、古来日本に行われたる家族道徳の主義を根底より破壊して更らに新主義を注入し、然かも之を居家処世の実際に適用す可しと言う非常の大変化にして、所謂世道人心の革命とも見る可きものなるに、其民法の草案は発布前より早く流布して広く世人の目に触れたるにも拘わらず、其規定に対して曾て異論を唱うるものなきのみか、十二議会にはいよ/\之を議決して昨
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