利心に生じて子を弄ぶものなれば、仮令い親子の間にても断然その命を拒絶して可なり。親子の間既に斯の如くなれば夫婦の間も亦然り。夫が戸外の経営に失敗して貧窮に沈むが如きは、是れは夫婦諸共の不幸にして、双方の間に一点の苦情ある可らず。一沈一浮共に苦楽を同うす可しと雖も、其夫の品行|修《おさま》らずして内に妾を飼い外に花柳に戯れ、敢て獣行を恣《ほしいまま》にして内を顧みざるが如きは、対等の配偶者を侮辱し虐待するの罪にして断じて許す可らず。内君たる者は死力を尽して之を争う可し。世間或は之を見て婦人の嫉妬など言う者もあらんなれども、凡俗の評論取るに足らず、男子の獣行を恣《ほしいまま》にせしむるは男子その者の罪に止まらず、延《ひ》いて一家の不和不味と為り、兄弟姉妹相互の隔意と為り、其獣行翁の死後には単に子孫に病質を遺して其身体を虚弱ならしむるのみならず、不徳の悪風も亦共に遺伝して、家人和合の幸福は固より望む可らず。甚だしきは骨肉相争い、親戚陰に謀り、家名の相続、財産の分配等、争論百出、所謂御家騒動の大波瀾を生じて人に笑わるゝの事例さえなきに非ず。而して其不和|争擾《そうじょう》の衝《しょう》に当る者
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