を告ぐるのみ。医事に関する要談の外に、西洋国人の口よりユーテルスの語を聞かんと欲するも決して得べからず。況んや婦人の口よりするに於てをや。生命を賭しても発言せざる可し。然るに日本人は之を口外して平気なりと言う。当人の知らぬことゝは言いながら羞かしきことならずや。尚お此外にも今の世間に見苦しく聞き苦しきことは一にして足らず。畢竟婦人の罪とのみ言う可らず、社会の先達たる学者教育家の不深切と、政府の筋の無学不注意に由来することゝ知る可し。
一 教育の進歩と共に婦人が身柄にあるまじきことを饒舌《しゃべ》り、甚だしきは奇怪千万なる語を用いて平気なるは、浅見自から知らざるの罪にして唯憐む可きのみ。其原因様々なる中にも、少小の時より教育の方針を誤りて自尊自重の徳義を軽んじ、万有自然の数理を等閑にし、徒に浮華に流れて虚文を弄ぶが如き、自から禍源の大なるものと言う可し。例えば学校の女生徒が少しく字を知り又洋書など解し得ると同時に、所謂詠歌国文に力を籠《こ》め、又は小説戯作など読んで余念なきものあり。文を学ぶには国文小説も甚だ有益なれども、年|少《わか》き時には外に勉む可きもの尚お多し。詠歌には巧なれども自身独立の一義に就ては夢想したることもなく、数十百部の小説本を読みながら一冊の生理書をも見たることもなき女史こそ多けれ。況して小説戯作は往々人の情を刺すこと劇《はげ》しくして、血気の春とも言う可き妙年女子の為めには先ず以て有害にこそあれば、文学の必要よりしていよ/\之を読まんとならば、其種類を選ぶこと大切なる可し。
一 婦人の気品を維持することいよ/\大切なりとすれば、敢て他を犯さずして自から自身を重んず可し。滔々《とうとう》たる古今の濁水《じょくすい》社会には、芸妓もあれば妾奉公する者もあり、又は妾より成揚《なりあが》り芸妓より出世して立派に一家の夫人たる者もあり、都て是等は人間以外の醜物にして、固《もと》より淑女貴婦人の共に伍を為す可き者に非ず、賤《いや》しみても尚お余りある者なれども、其これを賤しむの意を外面に顕《あらわ》すは婦人の事に非ず。我は清し、汝は濁る、我は高し、汝は卑しと言わぬ許りの顔色して、明らさまに之を辱しむるが如きは、唯空しく自身の品格を落すのみにして益なき振舞なれば、深く慎しむ可きことなり。或は交際の都合に由りて余儀なく此輩と同席することもあらんには、礼儀を乱さず温顔以て之に接して侮《あなど》ることなきと同時に、窃《ひそか》に其無教育破廉恥を憐むこそ慈悲の道なれ。要は唯其人の内部に立入ることを為さずして度外に捨置き、事情の許す限り之を近づけざるに在るのみ。
一 夫妻同居して妻たる者が夫に対して誠を尽す可きは言うまでもなき事にして、両者一心同体、共に苦楽を与《とも》にするの契約は、生命を賭して背く可《べか》らずと雖も、元来両者の身の有様を言えば、家事経営に内外の別こそあれ、相互に尊卑の階級あるに非ざれば、一切万事対等の心得を以て自から屈す可らず、又他をして屈伏せしむ可らず。即ち結婚の契約より生じたる各自の権利あるが故なり。故に婦人は柔順を尊ぶと言う。固《もと》より女性《にょしょう》の本色にして、大に男子に異なり、又異ならざるをえず。我輩の飽くまでも勧告奨励する所にして、女徳の根本、唯一の本領なりと雖も、其柔順とは言語挙動の柔順にして、卑屈盲従の意味に非ず。大節に臨んでは父母の命《めい》を拒《こば》み夫の所業に争うことある可し。例えば家計云々の為めに娘を苦界に沈めんとし、又は利益の為めに相手を選ばずして結婚せしめんとするが如き、都《すべ》て父母の利心に生じて子を弄ぶものなれば、仮令い親子の間にても断然その命を拒絶して可なり。親子の間既に斯の如くなれば夫婦の間も亦然り。夫が戸外の経営に失敗して貧窮に沈むが如きは、是れは夫婦諸共の不幸にして、双方の間に一点の苦情ある可らず。一沈一浮共に苦楽を同うす可しと雖も、其夫の品行|修《おさま》らずして内に妾を飼い外に花柳に戯れ、敢て獣行を恣《ほしいまま》にして内を顧みざるが如きは、対等の配偶者を侮辱し虐待するの罪にして断じて許す可らず。内君たる者は死力を尽して之を争う可し。世間或は之を見て婦人の嫉妬など言う者もあらんなれども、凡俗の評論取るに足らず、男子の獣行を恣《ほしいまま》にせしむるは男子その者の罪に止まらず、延《ひ》いて一家の不和不味と為り、兄弟姉妹相互の隔意と為り、其獣行翁の死後には単に子孫に病質を遺して其身体を虚弱ならしむるのみならず、不徳の悪風も亦共に遺伝して、家人和合の幸福は固より望む可らず。甚だしきは骨肉相争い、親戚陰に謀り、家名の相続、財産の分配等、争論百出、所謂御家騒動の大波瀾を生じて人に笑わるゝの事例さえなきに非ず。而して其不和|争擾《そうじょう》の衝《しょう》に当る者
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