えば小児が腹痛すればとて例の妙薬黒焼など薬剤学上に訳けの分らぬものを服用せしむ可らず、事《こと》急なれば医者の来るまで腰湯パップ又は久しく通じなしと言えば灌腸を試むる等、外用の手当は恐る/\用心して施す可きも、内服薬は一切禁制にして唯医者の来診を待つ可し。或は高き処から落ちて気絶したる者あらば酒か焼酎を呑ませ、又切疵ならば取敢えず消毒綿を以て縛り置く位にして、其外に余計の工夫は無用なり。或人が剃刀《かみそり》の疵に袂草《たもとぐさ》を着けて血を止めたるは好けれども、其袂草の毒に感じて大患に罹りたることあり。畢竟無学の罪なり。呉々も心得置く可きことなり。是等の事に就ては世間に原書もあり翻訳書もあり、之を読むは左までの苦労にあらず、婦人の為めには却て面白かる可し。
一 下女下男を召使うは随分骨の折れることにして、使われる者は力を労し使う者は心を労す。主人の方こそ却て苦労多かる可し、下女下男にも人物様々、時としては忠実至極の者なきに非ざれども、是れは別段のことゝして、本来彼等が無資産無教育なる故にこそ人の家に雇わるゝことなれば、主人たる者は其人物如何に拘らず能く之を教え之を馴らし、唯親切を専らにして夫《そ》れ/″\の家事に当らしむると同時に、到底自分の思う通りにはならぬものと最初より胸中に覚悟して多を望む可らず。此れも下女の不行届、其れも下男の等閑《なおざり》など、逐一計え立て徒《いたずら》に心配苦労して益なき事に疳癪を起すは、唯《ただ》愚《ぐ》と言う可きのみ。現在の下女下男を宜しからずと思わば、既往数年の事を想起し、其数年の間に如何なる男女が果して最上にして自分の意に適したるや、其者は誰々と指を屈したらば、おの/\一得一失にして、十分の者は甚だ少なかる可し。既往|斯《かく》の如くなれば現今も斯の如し。将来も亦《また》斯の如くならんと勘弁す可し。婢僕《ひぼく》の過誤失策を叱るは、叱らるゝ者より叱る者こそ見苦しけれ。主人の慎しむ可き所なり。
一 婦人は家を治めて内の経済を預り、云わば出るを為すのみにして入るを知らざる者の如くなれども、左りとては甚だ不安心なり。夫とて万歳の身に非ず、老少より言えば夫こそ先きに世を去る可き順なれば、若し万一も早く夫に別れて、多勢の子供を始め家事万端を婦人の一手に引受くるが如き不幸もあらんには、其時に至り亡人《なきひと》の存命中、戸外に何事を経営して何人に如何なる関係あるや、金銭上の貸借は如何、その約束は如何など、詳細の事実を知らずして、仮令い帳簿を見ても分明《ぶんみょう》ならず、之が為めに様々の行違いを生じて、甚しきは訴訟の沙汰に及ぶことさえ世間に珍らしからず。畢竟《ひっきょう》婦人が家計の外部に注意せざりし落度《おちど》にこそあれば、夫婦同居、戸外の経営は都《すべ》て男子の責任とは言いながら、其経営の大体に就ては婦人も之を心得置き、時々の変化盛衰に注意するは大切なることにして、我輩の言う女子に経済の思想を要すとは此辺の意味なり。
一 女子が如何に教育せられて如何に書を読み如何に博学多才なるも、其気品高からずして仮初にも鄙陋不品行の風あらんには、淑女の本領は既に消滅したりと言う可し。我輩が茲《ここ》に鄙陋不品行の風と記したるは、必ずしも其人が実際に婬醜の罪を犯したる其罪を咎むるのみに非ず、平生の言行野鄙にして礼儀上に忌む可きを知らず、動《やや》もすれば談笑の間にもあられぬ言葉を漏らして、当人よりも却て聞く者をして赤面せしむるが如き、都て不品行の敗徳として賤しむ可き所のものなり。例えば芸妓など言う賤しき女輩が衣裳を着飾り、酔客の座辺に狎《な》れて歌舞|周旋《しゅうせん》する其中に、漫語放言、憚る所なきは、活溌なるが如く無邪気なるが如く、又事実に於て無邪気|無辜《むこ》なる者もあらんなれども、之を目して座中の婬婦と言わざるを得ず。芸妓の事は固より人外として姑《しばら》く之を擱《お》き、事柄は別なれども、上流社会に於ても知らずして自から誤るものあり。近来教育の進歩に随て言葉の数も増加し、在昔学者社会に限りて用いたる漢語が今は俗間普通の通語と為りしもの多き中にも、我輩の耳障《みみざわり》なるは子宮の文字なり。従前婦人病と言えば唯、漠然血の道とのみ称し、其事の詳《つまびらか》なるは唯医師の言を聞くのみにして、素人の間には曾て言う者もなく聞く者もなかりしに、近年は日常交際の談話に公然子宮の語を用いて憚る所なく、売薬の看板にさえ其文字を見るのみならず、甚しきは婦人の口より洩るゝなどの奇談も時としてはなきに非ず。唯|仰天《ぎょうてん》す可きのみ。抑《そもそ》も子宮の字は洋語の Uterus(ユーテルス)に当り、相互直訳の文字にして、西洋諸国に於ては医師社会に限りて之を用い、診察治療の必要に迫れば極内々に患者又は其家人に之
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