《ゆたか》なるを得て、仲間《なかま》の栄誉を取るべき路はただ小吏たるの一事にして、この吏人《りじん》たらんには必ず算筆の技芸を要するが故に、恰《あたか》も毎家《まいか》教育の風を成し、いかなる貧小士族にてもこの技芸を勉《つと》めざる者なし。
 今を以て考うれば、算筆の芸もとより賤《いや》しむべきに非ざれども、当時封建士族の世界にこれを賤しむの風なれば、これに従事する者は自《おのず》からその品行も賤しくして、士君子の仲間に歯《よわい》せられざる者のごとし。譬《たと》えば上等士族は習字にも唐様《からよう》を学び、下等士族は御家流《おいえりゅう》を書き、世上一般の気風にてこれを評すれば、字の巧拙《こうせつ》を問わずして御家流をば俗様《ぞくよう》として賤《いや》しみ、これを書く者をも俗吏《ぞくり》俗物《ぞくぶつ》として賤しむの勢《いきおい》を成せり。(教育を異にす)
 第五、上士族の内にも小禄の貧者なきに非ざれども、概《がい》してこれを見れば、その活計は入《いる》に心配なくして、ただ出《いずる》の一部に心を用《もちう》るのみ。下士族は出入《しゅつにゅう》共に心に関して身を労する者なれば、その理
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