こで割り注終わり]なるもあり。また宴席、酒|酣《たけなわ》なるときなどにも、上士が拳《けん》を打ち歌舞《かぶ》するは極て稀《まれ》なれども、下士は各《おのおの》隠し芸なるものを奏して興《きょう》を助《たすく》る者多し。これを概《がい》するに、上士の風は正雅《せいが》にして迂闊《うかつ》、下士の風は俚賤《りせん》にして活溌《かっぱつ》なる者というべし。その風俗を異《こと》にするの証は、言語のなまりまでも相同じからざるものあり。今、旧中津藩地士農商の言語なまりの一、二を示すこと左のごとし。
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        上士     下士      商       農
見て呉れよと みちくれい  みちくりい  みてくりい   みちぇくりい
いうことを
行けよという いきなさい  いきなはい  下士に同じ   下士に同じ
ことを           又いきない          又いきなはりい
如何《いかが》せんかと どをしよをか どをしゆうか どげいしゆうか 商に同じ
いうことを                又どをしゆうか
[#ここで字下げ終わり]
 この外《ほか》、筆にも記《しる》しがたき語風の異同は枚挙《まいきょ》に遑《いとま》あらず。故に隔壁《かくへき》にても人の対話を聞けば、その上士たり、下士たり、商たり、農たるの区別は明《あきらか》に知るべし。(風俗を異にす)
 右条々のごとく、上下両等の士族は、権利を異《こと》にし、骨肉の縁を異にし、貧富《ひんぷ》を異にし、教育を異にし、理財《りざい》活計《かっけい》の趣《おもむき》を異にし、風俗《ふうぞく》習慣《しゅうかん》を異にする者なれば、自《おのず》からまたその栄誉の所在《しょざい》も異なり、利害の所関《しょかん》も異ならざるを得ず。栄誉《えいよ》利害《りがい》を異にすれば、また従《したがっ》て同情|相憐《あいあわれ》むの念《ねん》も互《たがい》に厚薄《こうはく》なきを得ず。譬《たと》えば、上等の士族が偶然会話の語次《ごじ》にも、以下の者共には言われぬことなれどもこの事《こと》は云々《しかじか》、ということあり。下等士族もまた給人分《きゅうにんぶん》の輩《はい》は知らぬことなれども彼《か》の一条は云々、とて、互に竊《ひそか》に疑うこともあり憤《いきどお》ることもありて、多年|苦々《にがにが
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