事、常に語るべし。国民にして政治の思想なきは、唐虞三代の愚民にして、名は人民なるもその実は豚羊に異ならず。ともに国を守るに足らざるものなれば、いやしくも国を思うの丹心《たんしん》あらんものは、内外の政治に注意せざるべからず。
政治の事、はなはだ大切なりといえども、これは人民一般普通の心得にして、ここに政治家と名づくるものは、一家専門の業にして、政権の一部分を手にとり、身みずから政事を行わんとする者なれば、その有様は、工商がその家業を営み、学者が学問に身を委《ゆだぬ》るに異ならず。これを要するに、国民一般に政治の思想を養えとは、国民一般に学問の心掛けあるべしというに異ならず。人として学問の心掛けは大切なれども、全国の人民、悉皆《しっかい》学者たるべきに非ず。人として政治の思想は大切なれども、全国の人民、悉皆政治家たるべきに非ず。
世人|往々《おうおう》この事実を知らずして、政治の思想要用なりといえば、たちまち政治家の有様を想像して、己《おの》れ自から政壇にのぼりて政《まつりごと》をとるの用意し、生涯政事の事業をもって身を終らんと覚悟するもの多し。学問といえばたちまち大学者を想像して、
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