と信ず。)
 ひとり医学のみならず、理学なり、また文学なり、学者をして閑を得せしめ、また、したがって相当の活計あらしむるときは、その学者は決して懶惰《らんだ》無為《むい》に日月《じつげつ》を消する者に非ず、生来の習慣、あたかも自身の熱心に刺衝《ししょう》せられて、勉強せざるをえず。而《しこう》してその勉強の成跡は発明工風にして、本人一個の利益に非ず、日本国の学問に富を加えて、国の栄誉に光を増すものというべし。また、著述書の如きも、近来、世に大部の著書少なくして、ただその種類を増し、したがって発兌《はつだ》すれば、したがって近浅の書多しとは、人のあまねく知るところなるが、その原因とて他にあらず、学者にして幽窓《ゆうそう》に沈思するのいとまを得ざるがためなり。
 けだし意味深遠なる著書は読者の縁もまた遠くして、発兌の売買上に損益|相償《あいつぐの》うを得ず、これを流行近浅の雑書に比すれば、著作の心労は幾倍にして、所得の利益は正しくその割合に少なし。大著述の世に出でざるも偶然に非ざるなり。いずれも皆、学問上には憂うべきの大なるものにして、その憂の原因は学者の身に閑なくして家に恒産なきがためな
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