るも、糊口《ここう》の道なきをいかんせん。口を糊《こ》せんとすれば、学を脩むるの閑《かん》なし、学を脩めんとすれば、口を糊するを得ず。一年三百六十日、脩学、半日の閑を得ずして身を終るもの多し。道のために遺憾なりというべし。
 (我が輩かつていえらく、打候聴候《だこうちょうこう》は察病にもっとも大切なるものなれども、医師の聴機|穎敏《えいびん》ならずして必ず遺漏《いろう》あるべきなれば、この法を研究するには、盲人の音学に精《くわ》しき者を撰びて、まず健全なる肺臓心臓等の動声を聴かしめ、次第に患者変常のときに試みて、その音を区別せしめたらば、従前医師の耳にて五種に分ちたるものも、盲人の耳にはその一種中を細別して二、三類に分つこともあるべし。すなわち従前の察病法五様なりしものが、五に三を乗じて十五様の手掛りをうべし。この試験、はたして有効のものならば、医学部には必ず音学をもって一課となし、青年学生の聴機穎敏なる時に及びて、これに慣れしめざるべからず。あるいはその俊英なる者は、打候聴候をもって専門の業となして、これを用うるも可ならん。けだし医学の秘密は、これらの注意によりて発明することもあらん
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