身の働きを細かに見れば、これを分かちて二様に区別すべし。第一は一人たる身につきての働きなり。第二は人間交際の仲間に居《お》り、その交際の身につきての働きなり。
 第一 心身の働きをもって衣食住の安楽を致すもの、これを一人の身につきての働きと言う。然りといえども天地間の万物、一として人の便利たらざるものなし。一粒の種を蒔《ま》けば二、三百倍の実を生じ、深山の樹木は培養せざるもよく成長し、風はもって車を動かすべし、海はもって運送の便をなすべし、山の石炭を掘り、河海の水を汲み、火を点じて蒸気を造れば重大なる舟車を自由に進退すべし。このほか造化の妙工を計れば枚挙に遑《いとま》あらず。人はただこの造化の妙工を藉《か》り、わずかにその趣を変じてもってみずから利するなり。ゆえに人間の衣食住を得《う》るは、すでに造化の手をもって九十九|分《ぶ》の調理を成したるものへ、人力にて一分を加うるのみのことなれば、人はこの衣食住を造ると言うべからず、その実は路傍に棄《す》てたるものを拾い取るがごときのみ。
 ゆえに人としてみずから衣食住を給するは難《かた》きことにあらず。この事を成せばとて、あえて誇るべきにあら
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