も行なわれ工業も起こりて、一般の安全繁盛を致すべしとの目的あらば、討死も敵討ちも尤《もっと》ものようなれども、事柄においてけっしてその目的あるべからず。
 かつかの忠臣義士にもそれほどの見込みはあるまじ。ただ因果ずくにて旦那へ申し訳までのことなるべし。旦那へ申し訳にて命を棄てたる者を忠臣義士と言わば、今日も世間にその人は多きものなり。権助が主人の使いに行き、一両の金を落として途方に暮れ、旦那へ申し訳なしとて思案を定め、並木の枝にふんどしを掛けて首を縊《くく》るの例は世に珍しからず。今この義僕がみずから死を決する時の心を酌《く》んで、その情実を察すれば、また憐れむべきにあらずや。使いに出でていまだ帰らず、身まず死す。長く英雄をして涙を襟《えり》に満たしむべし。主人の委託を受けてみずから任じたる一両の金を失い、君臣の分を尽くすに一死をもってするは、古今の忠臣義士に対して毫《ごう》も恥ずることなし。その誠忠は日月とともに燿《かがや》き、その功名は天地とともに永かるべきはずなるに、世人みな薄情にしてこの権助を軽蔑し、碑の銘を作りてその功業を称する者もなく、宮殿を建てて祭る者もなきはなんぞや。人
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