だ一人の身なれども、その功能は千万人を殺し千万両を費やしたる内乱の師《いくさ》よりもはるかに優《まさ》れり。古来日本にて討死《うちじに》せし者も多く切腹せし者も多し、いずれも忠臣義士とて評判は高しといえども、その身を棄てたる所以を尋ぬるに、多くは両主政権を争うの師に関係する者か、または主人の敵討《かたきう》ちなどによりて花々しく一命を抛《なげう》ちたる者のみ。その形は美に似たれどもその実は世に益することなし。己《おの》が主人のためと言い己が主人に申し訳なしとて、ただ一命をさえ棄つればよきものと思うは不文不明の世の常なれども、いま文明の大義をもってこれを論ずれば、これらの人はいまだ命の棄てどころを知らざる者と言うべし。元来、文明とは、人の智徳を進め、人々《にんにん》身《み》みずからその身を支配して世間相交わり、相害することもなく害せらるることもなく、おのおのその権義を達して一般の安全繁盛を致すを言うなり。さればかの師《いくさ》にもせよ敵討ちにもせよ、はたしてこの文明の趣意に叶《かな》い、この師に勝ちてこの敵を滅ぼし、この敵討ちを遂げてこの主人の面目を立つれば、必ずこの世は文明に赴き、商売
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