害を被ることなし。その正論あるいは用いられざることあるも、理のあるところはこの論によりてすでに明らかなれば、天然の人心これに服せざることなし。ゆえに今年に行なわれざればまた明年を期すべし。かつまた力をもって敵対するものは一を得んとして百を害するの患《うれ》いあれども、理を唱えて政府に迫るものはただ除くべきの害を除くのみにて他に事を生ずることなし。その目的とするところは政府の不正を止むるの趣意なるがゆえに、政府の処置、正に帰すれば議論もまたともにやむべし。また力をもって政府に敵すれば、政府は必ず怒りの気を生じ、みずからその悪を顧みずしてかえってますます暴威を張り、その非を遂げんとするの勢いに至るべしといえども、静かに正理を唱うる者に対しては、たとい暴政府といえどもその役人もまた同国の人類なれば、正者の理を守りて身を棄つるを見て必ず同情相憐れむの心を生ずべし。すでに他を憐れむの心を生ずれば、おのずから過《あやま》ちを悔い、おのずから胆を落として、必ず改心するに至るべし。
かくのごとく世を患《うれ》いて身を苦しめあるいは命を落とすものを、西洋の語にてマルチルドムという。失うところのものはた
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