みな言わん、「権助の死はわずかに一両のためにしてその事の次第はなはだ些細なり」と。然りといえども事の軽重は金高の大小、人数の多少をもって論ずべからず、世の文明に益あると否とによりてその軽重を定むべきものなり。しかるに今かの忠臣義士が一万の敵を殺して討死するも、この権助が一両の金を失うて首を縊るも、その死をもって文明を益することなきに至りてはまさしく同様のわけにて、いずれを軽しとしいずれを重しとすべからざれば、義士も権助もともに命の棄てどころを知らざる者と言いて可なり。これらの挙動をもってマルチルドムと称すべからず。余輩の聞くところにて、人民の権義を主張し正理を唱えて政府に迫り、その命を棄てて終わりをよくし、世界中に対して恥ずることなかるべき者は、古来ただ一名の佐倉宗五郎《さくらそうごろう》あるのみ。ただし宗五郎の伝は俗間に伝わる草紙の類のみにて、いまだその詳《つまび》らかなる正史を得ず。もし得ることあらば他日これを記してその功徳を表し、もって世人の亀鑑《きかん》に供すべし。
[#改段]

 八編



   わが心をもって他人の身を制すべからず

 アメリカのエイランドなる人の著わした
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