もその学力は当塾の生徒を教うるため十分なるゆえ、太田氏の願いのとおりに命ぜられたく、あるいは語学の教師と申し立てなば願いも済むべきなれども、もとよりわが生徒は文学・科学を学ぶつもりなれば、語学と偽り官を欺《あざむ》くことはあえてせざるところなり」と出願したりしかども、文部省の規則変ずべからざる由にて、諭吉の願書もまた返却したり。これがためすでに内約の整いし教師を雇い入るるを得ず、去年十二月下旬、本人は去りて米国へ帰り、太田君の素志も一時の水の泡となり、数百の生徒も望みを失い、実に一私塾の不幸のみならず、天下文学のためにも大なる妨げにて、馬鹿らしく苦々しきことなれども、国法の貴重なる、これを如何《いかん》ともすべからず、いずれ近日また重ねて出願のつもりなり。今般の一条につきては、太田氏をはじめ社中集会してその内話に、「かの文部省にて定めたる私塾教師の規則もいわゆる御大法なれば、ただ文学・科学の文字を消して語学の二字に改むれば、願いも済み、生徒のためには大幸ならん」と再三商議したれども、結局のところ、このたびの教師を得ずして社中生徒の学業あるいは退歩することあるも、官を欺くは士君子の恥ずべ
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