行なうにかく私に取り計らえば、表向きの御大法には差しつかえもあらず、表向きの内証などとて笑いながら談話して咎《とが》むるものもなく、はなはだしきは小役人と相談のうえ、この内証事を取り計らい、双方ともに便利を得て罪なき者のごとし。実はかの御大法なるもの、あまり煩《わずら》わしきに過ぎて事実に施すべからざるよりして、この内証事も行なわるることなるべしといえども、一国の政治をもってこれを論ずれば、もっとも恐るべき悪弊なり。かく国法を軽蔑するの風に慣れ、人民一般に不誠実の気を生じ、守りて便利なるべき法をも守らずして、ついには罪を蒙ることあり。
 譬えば今往来に小便するは政府の禁制なり。しかるに人民みなこの禁令の貴きを知らずしてただ邏卒《らそつ》を恐るるのみ。あるいは日暮れなど邏卒のあらざるを窺《うかが》いて法を破らんとし、はからずも見咎めらるることあればその罪に伏すといえども、本人の心中には貴き国法を犯したるがゆえに罰せらるるとは思わずして、ただ恐ろしき邏卒に逢いしをその日の不幸と思うのみ。実に歎かわしきことならずや。ゆえに政府にて法を立つるは勉《つと》めて簡なるを良とす。すでにこれを定めて法
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