もしそのつもりならば、まず自分の身の有様を考えざるべからず。元来この国に居《お》り、政府へ対していかなる約定を結びしや。「必ずその国法を守りて身の保護を被《こうむ》るべし」とこそ約束したることなるべし。もし国の政事につき不平の箇条を見いだし、国を害する人物ありと思わば、静かにこれを政府へ訴うべきはずなるに、政府を差し置き、みずから天に代わりて事をなすとは商売違いもまたはなはだしきものと言うべし。畢竟《ひっきょう》この類の人は、性質律儀なれども物事の理に暗く、国を患《うれ》うるを知りて国を患うる所以《ゆえん》の道を知らざる者なり。試みに見よ、天下古今の実験に、暗殺をもってよく事をなし世間の幸福を増したるものは、いまだかつてこれあらざるなり。
国法の貴きを知らざる者は、ただ政府の役人を恐れ、役人の前をほどよくして、表向きに犯罪の名あらざれば内実の罪を犯すもこれを恥とせず。ただにこれを恥じざるのみならず、巧みに法を破りて罪を遁《のが》るる者あればかえってこれをその人の働きとしてよき評判を得ることあり。今、世間日常の話に、此《これ》も上の御大法なり、彼《かれ》も政府の表向きなれども、この事を
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