より公に私裁を許したるものなり。けしからぬことならずや。すべて一国の法はただ一政府にて施行すべきものにて、その法の出ずるところいよいよ多ければその権力もまたしたがっていよいよ弱し。譬《たと》えば封建の世に三百の諸侯おのおの生殺の権ありし時は、政府の力もその割合にて弱かりしはずなり。
私裁のもっともはなはだしくして、政《まつりごと》を害するのもっとも大なるものは暗殺なり。古来暗殺の事跡を見るに、あるいは私怨《しえん》のためにする者あり、あるいは銭を奪わんがためにする者あり。この類の暗殺を企つるものはもとより罪を犯す覚悟にて、自分にも罪人のつもりなれども、別にまた一種の暗殺あり。この暗殺は私のためにあらず、いわゆるポリチカル・エネミ〔政敵〕を悪《にく》んでこれを殺すものなり。天下の事につき銘々の見込みを異にし、私の見込みをもって他人の罪を裁決し、政府の権を犯して恣《ほしいまま》に人を殺し、これを恥じざるのみならずかえって得意の色をなし、みずから天誅《てんちゅう》を行なうと唱うれば、人またこれを称して報国の士と言う者あり。そもそも天誅とは何事なるや。天に代わりて誅罰を行なうというつもりか。
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