独立の塾に居《い》て独立の新年に逢うを得《う》るはまた悦《よろこ》ばしからずや。けだしこれを得て悦ぶべきものは、これを失えば悲しみとなるべし。ゆえに今日悦ぶの時において他日悲しむの時あるを忘るべからず。
 古来わが国治乱の沿革により政府はしばしば改まりたれども、今日に至るまで国の独立を失わざりし所以は、国民鎖国の風習に安んじ、治乱興廃、外国に関することなかりしをもってなり。外国に関係あらざれば、治も一国内の治なり、乱も一国内の乱なり、またこの治乱を経て失わざりし独立もただ一国内の独立にて、いまだ他に対して鋒《ほこさき》を争いしものにあらず。これを譬《たと》えば、小児の家内に育せられていまだ外人に接せざる者のごとし。その薄弱なることもとより知るべきなり。
 今や外国の交際にわかに開け、国内の事務一としてこれに関せざるものなし。事々物々みな外国に比較して処置せざるべからざるの勢いに至り、古来わが国人の力にてわずかに達し得たる文明の有様をもって、西洋諸国の有様に比すれば、ただに三舎を譲るのみならず、これに倣《なら》わんとしてあるいは望洋の歎を免れず、ますますわが独立の薄弱なるを覚ゆるなり。

前へ 次へ
全187ページ中46ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
福沢 諭吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング