国の文明は形をもって評すべからず。学校と言い、工業と言い、陸軍と言い、海軍と言うも、みなこれ文明の形のみ。この形を作るは難《かた》きにあらず、ただ銭をもって買うべしといえども、ここにまた無形の一物あり、この物たるや、目見るべからず、耳聞くべからず、売買すべからず、貸借すべからず、あまねく国人の間に位してその作用はなはだ強く、この物あらざればかの学校以下の諸件も実の用をなさず、真にこれを文明の精神と言うべき至大至重のものなり。けだしその物とはなんぞや。いわく、人民独立の気力、すなわちこれなり。
近来わが政府、しきりに学校を建て工業を勧め、海陸軍の制も大いに面目を改め、文明の形、ほぼ備わりたれども、人民いまだ外国へ対してわが独立を固くしともに先を争わんとする者なし。ただにこれと争わざるのみならず、たまたまかの事情を知るべき機会を得たる人にても、いまだこれを詳《つまび》らかにせずしてまずこれを恐るるのみ。他に対してすでに恐怖の心をいだくときは、たとい、我にいささか得《う》るところあるもこれを外に施すに由なし。畢竟、人民に独立の気力あらざれば、かの文明の形もついに無用の長物に属するなり。
前へ
次へ
全187ページ中47ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
福沢 諭吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング