士の一人が、大きな声で叱る様に斯うお云いでしたの。私可怖かったわ、あの呪う様な眼で、凝乎と其兵士をお睨みでした顔と云ったら。
『決して後の事心配しなさるでねえよ。私|何様《どんな》思いをしても、阿母や此児に餓《ひも》じい目を見せる事でねえから、安心して行きなさるが可えよ。』
 良人の其人も目は泣きながら、嬉しそうに首肯《うつむ》かれたのでした。『乃公《おれ》はもう何んにも思い置く事はねえよ。村に帰ったら、皆さんへ宜敷く云って呉れるがいい。』
『ああ、能う御座えますよ。』
 二人はもう何も云う事がなくなった様に、互に顔を見てお居ででしたが、女の人は急に思出した様に、抱いて居た赤さんの顔を夫へお見せでして、『此子はお前さんの顔を覚えられねえけんど、お前さんは此子の顔を能く覚えて、戦死《うちじに》しても忘れねえで下せえよ。それが此子への……。』
 親御の二人よりかも、傍の一同が泣いて了いました。
 途端にもう汽車は出るのでした。直ぐ出ました。看々《みるみる》うちに遠くなって、後は万歳の声ばかり。
 私も悲しかったの若子さんに劣らなかったでしょう。二人とも唯だ夢心地に佇んで居ました。
『心にも
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