と仮名で書いたのが、浮いているかのように見える。
膳と斜めに、ぼんやり箪笥にもたれている吉里に対《むか》い、うまくもない酒と太刀打ちをしているのは善吉である。吉里は時々伏目に善吉を見るばかりで、酌一つしてやらない。お熊は何か心願の筋があるとやらにて、二三の花魁の代参を兼ね、浅草の観世音へ朝参りに行ッてしまッた。善吉のてれ加減、わずかに溜息《ためいき》をつき得るのみである。
「吉里さん、いかがです。一杯《ひとつ》受けてもらいたいものですな。こうして飲んでいたッて――一人で飲むという奴は、どうも淋《さみ》しくッて、何だか飲んでるような気がしなくッていけないものだ。一杯《ひとつ》受けてもらいたいものですな。ははははは。私なんざア流連《いつづけ》をする玉でないんだから、もうじきにお暇《いとま》とするんだが、花魁今朝だけは器用に快よく受けて下さいな。これがお別れなんだ。今日ッきりもうお前さんと酒を飲むこともないんだから、器用に受けて、お前さんに酌をしてもらやアいい。もう、それでいいんだ。他に何にも望みはないんだ。改めて献《あ》げるから、ねえ吉里さん、器用に受けて下さい」
善吉は注置《つぎお》
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