一座したことのある初緑《はつみどり》という花魁である。
「おや、善さん。昨夜《ゆうべ》もお一人。あんまりひどうござんすよ。一度くらいは連れて来て下すッたッていいじゃありませんか。本統にひどいよ」
「そういうわけじゃアないんだが、あの人は今こっちにいないもんだから」
「虚言《うそ》ばッかし。ようござんすよ。たんとお一人でおいでなさいよ」
「困るなアどうも」
「なに、よござんすよ。覚えておいでなさいよ。今日は昼間遊んでおいでなさるんでしょう」
「なに、そういうわけでもない」
「去《かえ》らないでおいでなさいよ、後で遊びに行きますから」
「東雲《しののめ》さんの吉《きッ》さんは今日も流連《なが》すんだッてね」と、今一人の名山《めいざん》という花魁が言いかけて、顔を洗ッている自分の客の書生風の男の肩を押え、「お前さんも去《かえ》らないで、夕方までおいでなさいよ」
「僕か。僕はいかん。なア君」
「そうじゃ。いずれまた今晩でも出直して来るんじゃ」
「よござんすよ、お前さんなんざアどうせ不実だから」
「何じゃ。不実じゃ」
「名山さん、金盥《かなだらい》が明いたら貸しておくれよ」と、今客を案内して来た
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