い》んですから、何も出来ゃアしませんよ。桶豆腐《おけどうふ》にでもしましょうかね。それに油卵《あぶたま》でも」
「何でもいいよ。湯豆腐は結構だね」
「それでよござんすね。じゃア、花魁お連れ申して下さい」
吉里は何も言わず、ついと立ッて廊下へ出た。善吉も座敷着を被《はお》ッたまま吉里の後《あと》から室を出た。
「花魁、お手拭は」と、お熊は吉里へ声をかけた。
吉里は返辞をしない。はや二三間あちらへ行ッていた。
「私におくれ」と、善吉は戻ッて手拭を受け取ッて吉里を見ると、もう裏梯子を下りようとしていたところである。善吉は足早に吉里の後を追うて、梯子の中段で追いついたが、吉里は見返りもしないで下湯場《しもゆば》の方へ屈《まが》ッた。善吉はしばらく待ッていたが、吉里が急に出て来る様子もないから、われ一人|悄然《しょうぜん》として顔を洗いに行ッた。
そこには客が二人顔を洗ッていた。敵娼《あいかた》はいずれもその傍に附き添い、水を杓《く》んでやる、掛けてやる、善吉の目には羨ましく見受けられた。
客の羽織の襟が折れぬのを理《なお》しながら善吉を見返ッたのは、善吉の連初会《つれじょかい》で二三度
前へ
次へ
全86ページ中47ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
広津 柳浪 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング