を翳していることも出来ず、横にころりと倒《ころ》んで、屏風の端から一尺ばかり見える障子を眼を細くしながら見つめていた。
 上草履は善吉が名代部屋の前を通り過ぎた。善吉はびッくりして起き上ッて急いで障子を開けて見ると、上草履の主ははたして吉里であッた。善吉は茫然《ぼうぜん》として見送ッていると、吉里は見返りもせずに自分の室へ入ッて、手荒く障子を閉めた。
 善吉は何か言おうとしたが、唇を顫《ふる》わして息を呑んで、障子を閉めるのも忘れて、布団の上に倒れた。
「畜生、畜生、畜生めッ」と、しばらくしてこう叫んだ善吉は、涙一杯の眼で天井を見つめて、布団を二三度|蹴《け》りに蹴った。
「おや、何をしていらッしゃるの」
 いつの間に人が来たのか。人が何を言ッたのか。とにかく人の声がしたので、善吉はびッくりして起き上ッて、じッとその人を見た。
「おほほほほほ。善さん、どうなすッたんですよ、まアそんな顔をなすッてさ。さアあちらへ参りましょう」
「お熊どんなのか。私しゃ今何か言ッてやアしなかッたかね」
「いいえ、何にも言ッてらッしゃりはしませんかッたよ。何だか変ですことね。どうかなすッたんですか」
「どう
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