、怒らせないくらいにゃしておやりよ」と、小万も吉里が気に触《さわ》らないほどにと言葉を添えた。
「また無理をお言いだよ」と、吉里は猪口を乾《ほ》して、「はい、兄さん。本統に善さんにゃ気の毒だとは思うけれど、顔を見るのもいやなんだもの。信切《しんせつ》な人ではあるし……。信切にされるほど厭になるんだもの。誰かのように、実情《じつ》がないんじゃアなし、義理を知らないんじゃアなし……」
平田はぷい[#「ぷい」に傍点]と坐を起《た》ッた。
「お便所《ちょうず》」と、小万も起とうとする。「なアに」と、平田は急いで次の間へ行ッた。
「放擲《うッちゃ》ッておおきよ、小万さん。どこへでも自分の好きなとこへ行くがいいやね」
次の間には平田が障子を開けて、「おやッ、草履がない」
「また誰か持ッてッたんだよ。困ることねえ。私のをはいておいでなさいよ」と、小万が声をかけるうちに、平田が重たそうに上草履を引き摺ッて行く音が聞えた。
「意気地のない歩きッ振りじゃないか」と、わざとらしく言う吉里の頬《ほお》を、西宮はちょいと突いて、「はははは。大分|愛想尽《あいそづか》しをおっしゃるね」
「言いますとも。ねえ、
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