文字に絡《から》げてあッた。
 小万は涙ながら写真と遺書《かきおき》とを持ったまま、同じ二階の吉里の室へ走ッて行ッて見たが、もとより吉里のおろうはずがなく、お熊を始め書記の男と他に二人ばかりで騒いでいた。
 小万は上の間へ行ッて窓から覗《のぞ》いたが、太郎稲荷、入谷|金杉《かなすぎ》あたりの人家の燈火《ともしび》が散見《ちらつ》き、遠く上野の電気燈が鬼火《ひとだま》のように見えているばかりだ。
 次の日の午時《ひる》ごろ、浅草警察署の手で、今戸の橋場寄りのある露路《ろじ》の中に、吉里が着て行ッたお熊の半天が脱ぎ捨ててあり、同じ露路の隅田河の岸には、娼妓《じょろう》の用いる上草履と男物の麻裏草履とが脱ぎ捨ててあッたことが知れた。
 けれども、死骸《しがい》はたやすく見当らなかッた。翌年の一月末、永代橋《えいたいばし》の上流《かみ》に女の死骸が流れ着いたとある新聞紙の記事に、お熊が念のために見定めに行くと、顔は腐爛《くさ》ってそれぞとは決められないが、着物はまさしく吉里が着て出た物に相違なかッた。お熊は泣く泣く箕輪《みのわ》の無縁寺に葬むり、小万はお梅をやっては、七月七日の香華《こうげ》を手向《たむ》けさせた。



底本:「日本の文学 77 名作集(一)」中央公論社
   1970(昭和45)年7月5日初版発行
初出:「文芸倶楽部」
   1896(明治29)年7月
入力:土屋隆
校正:小林繁雄
2006年3月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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