いそうだよ。西宮さんが出した手紙の返事も来ないそうだよ。だがね、人の行末というものは、実に予知《わか》らないものだねえ」と、小万がじッと吉里を見つめた眼には、少しは冷笑を含んでいるようであッた。
「まアそんなもんさねえ」と、吉里は軽《かろ》く受け、「小万さん、私しゃお前さんに頼みたいことがあるんだよ」
「頼みたいことッて」
吉里は懐中《ふところ》から手紙を十四五本包んだ紙包みを取り出し、それを小万の前に置いた。
「この手紙なんだがね。平田さんから私んとこへ来た手紙の中で、反故《ほご》にしちゃ、あんまり義理が悪いと思うのだけ、昨夜《ゆうべ》調べて別にしておいたんだよ。もうしまっておいたって仕様がないし、残しときゃ手拭紙《てふきがみ》にでもするんだが、それもあんまり義理が悪いようだし、お前さんに預けておくから、西宮さんに頼んで、ついでの時平田さんへ届けてもらっておくんなさいよ。ねえ小万さん、お頼み申しますよ」
小万は顔色を変え、「吉里さん、お前さん本気でお言いなのかえ」
「西宮さんへ話して、平田さんへ届けるようにしておくんなさいよ」と、吉里は同じことを繰り返した。
「吉里さん、どうしてそんな気になッたんだよ。そんなに薄情な人とは、私しゃ今まで知らなかッたよ。まさかに手拭紙にもされないからとは、あんまり薄情過ぎるじゃないかね。平田さんをそんなに忘れておしまいでは、あんまり義理が悪るかろうよ」
「だッて、もう逢えないと定《き》まッてる人のことを思ッたッて……」と、吉里はうつむいた。
「私しゃ実に呆れたよ。こんな稼業《かぎょう》をしてるんだから、いつまでも――一生その人に情《じょう》を立ッて、一人でいることは出来ないけれども、平田さんを善さんと一しょにおしでは、お前さん済むまいよ。善さんがどんなに可愛いか知らないが、平田さんを忘れちゃ、あんまり薄情だね」
「私しゃ善さんが可愛いんさ。平田さんよりいくら可愛いか知れないんだよ。平田さんのことを……、まアさほどにも思わないのは、私しゃよッぽど薄情なんだろうさ」と、吉里はうつむいてじッと襟《えり》を噛んだ。
「本統に呆《あき》れた人だよ。いいとも、お前さんの勝手におし。お前さんが善さんと今のようにおなりのも、決して悪いとは思ッていなかッたんだが、今日という今日、薄情なことを知ッたから、もうお前さんとは口も利かないよ。さア、早く帰ッておくれ。本統に呆れた人だよ」
吉里は悄然《しょうぜん》として立ち上ッた。
「きッと平田さんへ届けておくんなさいよ」
小万は返辞をしなかッた。
次の間へ出た吉里はまた立ち戻ッて、「小万さん、頼みますよ。西宮さんへもよろしくねえ」
小万はまた返辞をしなかった。
吉里はお梅を見て、「お梅どん、平田さんの時分にはいろいろお世話になッたッけね。西宮さんがおいでなさッたら、吉里がよろしく申しましたと言ッておくれよ。お梅どん、頼みますよ」
お梅はうつむいて、これも返辞をしなかッた。
吉里は上の間の小万をじッと見て、やがて室を出て行ッたかと思うと、隣の尾車《おぐるま》という花魁の座敷の前で、大きな声で大口を利くのが、いかにも大酔しているらしく聞えた。
その日も暮れて見世を張る時刻になッた。小万はすでに裲襠《しかけ》を着、鏡台へ対《むか》って身繕いしているところへ、お梅があわただしく駈けて来て、
「花魁、大変ですよ。吉里さんがおいでなさらないんですッて」
「えッ、吉里さんが」
「御内所じゃ大騒ぎですよ。裏の撥橋《はねばし》が下りてて、裏口が開けてあッたんですッて」
「え、そうかねえ。まア」
小万は驚きながらふッ[#「ふッ」に傍点]と気がつき、先刻《さきほど》吉里が置いて行ッた手紙の紙包みを、まだしまわず床の間に上げておいたのを、包みを開け捻紙《こより》を解いて見ると、手紙と手紙との間から紙に包んだ写真が出た。その包み紙に字が書いてあった。もしやと披《ひろ》げて読み下して、小万は驚いて蒼白《まッさお》になッた。
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一筆書き残しまいらせ候《そろ》。よんどころなく覚悟を極《きわ》め申し候。不便《ふびん》と御推《ごすい》もじ願い上げまいらせ候。平田さんに済み申さず候。西宮さんにも済み申さず候。お前さまにも済みませぬ。されど私こと誠の心は写真にて御推もじ下されたくくれぐれもねんじ上げまいらせ候。平田さんにも西宮さんにも今一度御目にかかりたく、これのみ心残りにおわし候。いずかたさまへも、お前さまよりよろしくお伝え下されたく候。取り急ぎ何も何も申し残しまいらせ候。
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[#地から2字上げ]さとより
おまん様
人々
写真を見ると、平田と吉里のを表と表と合わせて、裏には心という字を大きく書き、捻紙《こより》にて十
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