のうちにお客の的《あて》がまだ一人もないんだもの、本統にくさくさしッちまうよ」
「二日の日だけでもいいんだけれど、三日でなくッちゃア来られないと言うしさ。それもまだ本統に極まらないんだよ」
「小万さんは三日とも西宮さんで、七草も西宮さんで、十五日もそうだっさ。あんなお客が一人ありゃア暮の心配もいりゃアしないし、小万さんは実に羨ましいよ」
「西宮さんと言やア、あの人とよく一しょに来た平田さんは、好男子《いいおとこ》だッたッけね」
「名山さん、お前|岡惚《おかぼ》れしておいでだッたね」
「虚言《うそ》ばッかし。ありゃ初緑さんだよ」
「吉里さんは死ぬほど惚れていたんだね」
「そうだろうさ。あの善さんたア比較物《くらべもの》にもなりゃしないもの」
「どうして善さんを吉里さんは情夫《いいひと》にしたんだろうね。最初は、気の毒になるほど冷遇《いやが》ッてたじゃアないかね」
「それがよくなったんだろうさ」
「吉里さんは浮気だもの」
「だッて、浮気で惚れられるような善さんでもないよ」
「そんなことはどうでもよいけれども、吉里さんのような人はないよ。今晩返すからとお言いだから、先月の、そうさ、二十七日の日にお金を二円貸したんだよ。いまだに返金《かえさ》ないんだもの。あんな義理を知らない人ッちゃアありゃアしないよ」
「千鳥さん、お前もお貸しかい。私もね、白縮緬の帯とね、お金を五十銭借りられて、やッぱしそれッきりさ。帯がないから、店を張るのに、どんなに外見《きまり》が悪いだろう。返す返すッて、もう十五日からになるよ」
「名山さん、私しのなんかもひどいじゃアないかね。お客から預かッていた指環を借りられたんだよ。明日の朝までとお言いだから貸してやッたら、それッきり返さないのさ。お客からは責められるし、吉里さんは返してくれないし、私しゃこんなに困ッたことはないよ。今朝催促したら、明日まで待ッてくれろッてお言いだから、待ッてやることは待ッてやったけれども、吉里さんのことだから怪しいもんさ」
「二階の花魁で、借りられない者はあるまいよ。三階で五人、階下《した》にも三人あるよ。先日《こないだ》出勤した八千代さんからまで借りてるんだもの。あんな小供のような者まで欺《だま》すとは、あんまりじゃアないかね」
「だから、だんだん交際人《つきあいて》がなくなるんさ。平田さんが来る時分には、あんなに仲よくしてい
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