、房々と大波を打ッて艶《つや》があって真黒であるから、雪にも紛う顔の色が一層引ッ立ッて見える。細面ながら力身《りきみ》をもち、鼻がすッきりと高く、きッと締ッた口尻の愛嬌《あいきょう》は靨《えくぼ》かとも見紛われる。とかく柔弱《にやけ》たがる金縁の眼鏡も厭味《いやみ》に見えず、男の眼にも男らしい男振りであるから、遊女なぞにはわけて好かれそうである。
 吉里が入ッて来た時、二客《ふたり》ともその顔を見上げた。平田はすぐその眼を外《そ》らし、思い出したように猪口《ちょく》を取ッて仰ぐがごとく口へつけた、酒がありしや否やは知らぬが。
 吉里の眼もまず平田に注いだが、すぐ西宮を見て懐愛《なつか》しそうににッこり笑ッて、「兄さん」と、裲襠《しかけ》を引き摺ッたまま走り寄り、身を投げかけて男の肩を抱《いだ》いた。
「ははははは。門迷《とまど》いをしちゃア困るぜ。何だ、さッきから二階の櫺子《れんじ》から覗いたり、店の格子に蟋蟀《きりぎりす》をきめたりしていたくせに」と、西宮は吉里の顔を見て笑ッている。
 吉里はわざとつんとして、「あんまり馬鹿におしなさんなよ。そりゃ昔のことですのさ」
「そう諦《あきら》めててくれりゃア、私も大助かりだ。あいたたた。太股《ふともも》ふッつりのお身替りなざア、ちとありがた過ぎる方だぜ。この上|臂突《ひじつ》きにされて、ぐりぐりでも極《き》められりゃア、世話アねえ。復讐《しかえし》がこわいから、覚えてるがいい」
「だッて、あんまり憎らしいんだもの」と、吉里は平田を見て、「平田さん、お前さんよく今晩来たのね。まだお国へ行かないの」
 平田はちょいと吉里を見返ッてすぐ脇《わき》を向いた。
「さアそろそろ始まッたぞ。今夜は紋日《もんび》でなくッて、紛紜日《もめび》とでも言うんだろう。あッちでも始まればこッちでも始まる。酉《とり》の市《まち》は明後日《あさッて》でござい。さア負けたア負けたア、大負けにまけたアまけたア」と、西宮は理《わけ》も分らぬことを言い、わざとらしく高く笑うと、「本統に馬鹿にしていますね」と、吉里も笑いかけた。
「戯言《じょうだん》は戯言だが、さッきから大分|紛雑《もめ》てるじゃアないか。あんまり疳癪を発《おこ》さないがいいよ」
「だッて。ね、そら……」と、吉里は眼に物を言わせ、「だもの、ちッたあ疳癪も発りまさアね」
「そうかい。来てるのかい
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