はかない縁なんでしょうよ、ねえ。考えると、小万さんは羨《うらや》ましい」と、吉里はしみじみ言ッた。
「いや、私も来ないつもりだ」と、西宮ははッきり言い放ッた。
「えッ」と、吉里はびッくりして、「え。なぜ。どうなすッたの」と、西宮の顔を見つめて呆れている。
「いや、なぜということもない。辛いのは誰しも同一《おんなじ》だ。お前さんと平田の苦衷《こころ》を察しると、私一人どうして来られるものか」
「なぜそんなことをお言《い》なさるの。私ゃそんなつもりで」
「そりゃわかッてる。それで来る来ないと言うわけじゃない。実に忍びないからだ」
「いや、いや、私ゃ否《いや》ですよ。私が小万さんに済みません。平田さんには別れなければならないし、兄さんでも来て下さらなきゃ、私ゃどうします。私が悪るかッたら謝罪《あやま》るから、兄さん今まで通り来て下さいよ。私を可哀そうだと思ッて来て下さいよ。え、よござんすか。え、え」と、吉里は詫《わ》びるように頼むように幾たびとなく繰り返す。
西宮はうつむいて眼を閉《ねむ》ッて、じッと考えている。
吉里はその顔を覗き込んで、「よござんすか。ねえ兄さん、よござんすか。私ゃ兄さんでも来て下さらなきゃア……」と、また泣き声になッて、「え、よござんすか」
西宮は閉目《ねむっ》てうつむいている。
「よござんすね、よござんすね。本統、本統」と、吉里は幾たびとなく念を押して西宮をうなずかせ、はアッと深く息を吐《つ》いて涙を拭きながら、「兄さんでも来て下さらなきゃア、私ゃ生きちゃアいませんよ」
「よろしい、よろしい」と、西宮はうなずきながら、「平田の方は断念《おもいき》ッてくれるね。私もお前さんのことについちゃア、後来《こののち》何とでもしようから」
「しかたがありません、断念《おもいき》らないわけには行かないのだから。もう、音信《たより》も出来ないんですね」
「さア。そう思ッていてもらわなければ……」と、西宮も判然《はき》とは答えかねた。
吉里はしばらく考え、「あんまり未練らしいけれどもね、後生ですから、明日《あした》にも、も一遍連れて来て下さいよ」と、顔を赧《あか》くしながら西宮を見る。
「もう一遍」
「ええ。故郷《おくに》へ発程《たつ》までに、もう一遍御一緒に来て下さいよ、後生ですから」
「もう一遍」と、西宮は繰り返し、「もう、そんな間《ひま》はないんだよ」
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