っとだ、きっとだ」
「いい気味だ。謝罪《あやまら》せてやッた」
「ははははは。お梅どんに擽られてたまるもんか。男を擽ぐる急所を心得てるんだからね」
「何とでもおっしゃい。どうせあなたには勝《かな》いませんよ」と、お梅は立ち上りながら、「御膳《ごぜん》はお後で、皆さんと御一しょですね。もすこししてからまた参ります」と、次の間へ行ッた。
 誰が覗いていたのか、障子をぴしゃりと外から閉《た》てた者がある。
「あら、誰か覗いてたよ」と、お梅が急いで障子を開けると、ぱたぱたぱたぱたと廊下を走る草履の音が聞えた。
「まア」と、お梅の声は呆《あき》れていた。

     四

「どうしたんだ」と、西宮は事ありそうに入ッて来たお梅を見上げた。
「善さんですよ。善さんが覗いていなすッたんですよ」と、お梅は眼を丸くして、今顔を上げた吉里を見た。
「おえない妬漢《じんすけ》だよ」と、吉里は腹立たしげに見えた。
「さっきからね、花魁のお座敷を幾たびも覗いていなさるんですよ。平田さんが怒んなさりゃしまいかと思ッて、本統に心配しましたよ」
「あんまりそんな真似をすると、謝絶《ことわ》ッてやるからいい。ああ、自由《まま》にならないもんだことねえ」と、吉里は西宮をつくづく視《み》て、うつむいて溜息を吐《つ》く。
「座敷の花魁は遅うございますことね。ちょいと見て参りますよ」と、お梅は次の間で鉄瓶に水を加《さ》す音をさせて出て行ッた。
「西宮さん」と、吉里は声に力を入れて、「私ゃどうしたらいいでしょうね。本統に辛いの。私の身にもなッて察して下さいよ」
「実に察しる」と、西宮はしばらく考え、「実に察しているのだ。お前さんに無理に頼んだ私の心の中も察してもらいたい。なかなか私に言えそうもなかッたから、最初《はじめ》は小万に頼んで話してもらうつもりだッたのさ。小万もそんなことは話せないて言うから、しかたなしに私が話したようなわけだからね、お前さんが承知してくれただけ、私ゃなお察しているんだよ。三十面を下げて、馬鹿を尽してるくらいだから、他《ひと》には笑われるだけ人情はまア知ッてるつもりだ。どうか、平田のためだと思ッて、我慢して、ねえ吉里さん、どうか頼むよ」
「しかたがありませんよ、ねえ兄さん」と、吉里はついに諦めたかのごとく言い放しながらなお考えている。
「私もこんな苦しい思いをしたことはない」
「こういう
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