舟寺で作つた歌の一つ、その日は薄曇りであつたのに突然雲がきれて富士が顔を出した。それはどうしても羽左衛門といふ形である。大向うから立花屋といふ声がかからないではゐないといふわけである。私は若い時吉井勇君にそのよさを教へられて以来羽左がたまらなく好きになつて、よそながら死ぬまで傾倒したものだから、私にはこの歌の感じが特によく分る。ぱつたり雲を分けて出て来たのはどうあつても羽左でなければならない。外の役者ではだめである。これからの若い人達の為にこの間まで羽左といふ小さい天才役者のゐたことを書きつけて置いてこの歌の感じをよそへることにする。

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君は死にき旅にやりきと円寐しぬ後ろの人よものな云ひそね
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 別に説明を要しないであらう。唯その言葉の音楽の滑るやうな快調がほんとうに味はへれば、それでこの歌の観賞は終るわけである。

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長閑なり衆生済度の誓ひなど持たぬ仏にならんとすらん
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 同じく鉄舟寺での作。その時の住持は私も一度御目にかかつたが近頃珍しい老清僧で、知客、典座の役まで一人で引受けられる位
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