間冷たい世の中に住んでゐたものである。この様な感覚の共鳴によつて情と景との結ばれる例は余人の余り試みず、独り晶子歌に多く見られる処である。
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遠つあふみ大河流るる国半ば菜の花咲きぬ富士をあなたに
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大河は天竜で作者が親しく汽車から見た遠州の大きな景色を詠出したものである。あの頃はまだ春は菜の花が一面に咲いてゐた、その黄一色に塗りつぶされた世界をあらはす為に大河流るるといひ国半ばといふ強い表現法を用ゐたのである。世の中にはをかしいこともあるもので、誰であつたか忘れたが、その昔この歌を取り上げて歌はかう詠むものだといつて直した男があつた。自己の愚と劣とを臆面もなくさらけ出して天才を批判したその勇気には実際感心させられた。日本人に斯ういふ勇気があつたればこそ満洲事変も起り大東亜戦争も起つたのであらう。雀が鳥の飛び方を知らないと凰を笑ふやうなものだ。
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我もまた家思ふ時川下へ河鹿の声の動き行くかな
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十二年の夏多摩の上流小河内に遊んだ時の作。河鹿が盛に啼いたものらしい、その河鹿の声が川下の方
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