か何かを逍遥しつつ朗誦すれば用は足るのである。

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恋をする心は獅子の猛なるも極楽鳥のめでたきも飼ふ
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 あらゆる恋がさうであらうとは思はれない。ただ作者好みの恋はさうなくてはなるまい。獅子の猛なるとは 春短し何に不滅の命ぞと力ある乳を手に探らせぬ であり 我を問ふや自ら驕る名を誇る二十四時を人をし恋ふる であり かざしたる牡丹火となり海燃えぬ思ひ乱るゝ人の子の夢 である。極楽鳥のめでたきとは うたたねの夢路に人の逢ひにこし蓮歩のあとを思ふ雨かな であり 春の磯恋しき人の網もれし小鯛かくれて潮けぶりしぬ であり 来鳴かぬを小雨降る日は鶯も玉手さしかへ寝るやと思ふ であり 恋人の逢ふが短き夜となりぬ茴香の花橘の花 である。

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形よき維摩居士かな思ふこと我等に似ざる像といへども
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 維摩像を正叙したものであらうが一面象徴詩でもある様だ。それは維摩居士の特殊の地位による。維摩は居士即ち俗人でありながら仏法即真理を体得し反つて聖者たる仏菩薩を叱咤指揮して憚らない。そこに既成宗教の嫌ひな晶子さんをし
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