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美と実生活、難しい問題である。そこへ更に宗教が出て来て世間と出世間の問題が加はつたのがこの歌である。出世間人が出世間人であること、実生活を捨てて美を取ることは現代に於ては勿論いつの世でも一寸珍しい図面ではなからうか。そんなことがあつたらそれこそ面白い珍重すべきことなのであるが、実はおあいにく様である。不可能事を空想することそれは古人もやつたことであるが、往々にして好詩を形成することがある。
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何事か知らず篝の燃えに燃え宿の主人に叱らるゝ馬
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大正十年八月再び沓掛の星野温泉に遊んだ時の作。この時は私も一緒に行つた。私は第十七集「草の夢」の為に序を作つたが、その中でこの歌の成立した時の光景を書いてゐるので一寸思ひ出して見る。それはある夕方軽井沢の莫哀山荘に尾崎先生を御尋ねしたその帰りに沓掛駅まで歩いて来たことがある。 ほととぎす沓掛橋を渡る頃夫人の脚は労れたるかな といふ歌を十年振りで私が詠んだ時の事である。沓掛駅に来て星野温泉の馬車に乗らうとすると今汽車が著いた所と見え満員で乗れなかつた。そこで止むを得ず労れ
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