ならおけさを思ふであらう。作者はしかし佐渡へ渡らんとして第一に思つたのは順徳院の御上であつた。歌人として史家としてさうあるべきであるが、その感動がよくこの一首の上にあらはれてゐて、自分をさへ一流人として感ずるものの様に響く。
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水の音激しくなりて日の暮るゝ山のならはし秋のならはし
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大正九年初秋北信沓掛の星野温泉に行つた時の作。あそこは水の豊富な所だから特にこの感が深かつたのであらう。
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菊の花盛りとなれば人の香の懐しきこと限り知られず
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菊の花の真盛りと人懐しさの極限に達することとの間に如何いふ関係があるのであらうか。詩人はものを跳び越えるので、橋を渡して考へなければ分らないことが多い。先づ気候が考へられる。菊の花盛りは十一月の初旬で空気が澄み一年中一番気持のよい気節で、人間同志親しみ合ふのも最も適してゐる、結婚などもこの月に多いやうである。も一つ考へられる橋は菊の匂ひである。この匂ひは木犀やくちなしの様に発散しないし、薔薇のやうに高くもないが、近く寄つて嗅ぐ時は一種特別の匂ひがす
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