る、それは香水の匂ひなどと違つて極く淡い忘れ難い匂ひである。詩人の嗅覚にはそれが人の香のやうに感じたのかも知れない。さうだとすれば、人の香の懐しきこと限り知られずとは即ち菊の花に顔を当てた時の感じだ。私にはこれ位より考へられないからこれで負けて貰ふことにする。

[#ここから2字下げ]
薄白く青く冷たき匂ひする二人が中の恋の錆かな
[#ここで字下げ終わり]

 作者は第十六集「太陽と薔薇」の自序で斯う言つて居る。「三十一音の歌としての外形は従来の短歌に似て居ます。似てゐるのは唯だそれだけです。読者は何よりも先づ、私の個性がどんなに特異な感動を持つて生きてゐるかを、私の歌から読まうとなさつて下さい。唯だ感覚に就てだけでも何か他人と違つた私の個性が現はれてゐるとしたら、とにかく私の歌の存在の理由が成立つ訳です。」 洵に作者の感覚は従来の日本人のそれとは大分違つてゐる。私もこの本でそのことを幾度か説いた様に思つてゐる。しかしこの歌のそれは明かに近代感覚であつて、意識して取り入れたものである。試みに外国語に訳して見れば分る、少しも日本臭などはせず、近代人なら誰でも其の儘受入れることが出来よう。
前へ 次へ
全349ページ中301ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
平野 万里 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング