船待てり乗るべきかいかに鹿島の事触もなし
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 いかにで切る。鹿島の事触れとは、正月の行事の一つ、鹿島大明神の神話と称し神主姿の男が襟に御幣をさし銅拍子を鳴らして年の豊凶、吉凶を触れ歩いたものださうである。この歌は昭和六年二月筑波山へ登り霞が浦を渡つて鹿島へ参詣された時の歌。「桃浦」は土浦の前の入江の名であらう。さて船へ乗らうとするとその待つて居る汽船がいかにも古いぼろ船でとても遥か彼方の潮来までは行けさうもなく途中でこはれてしまひさうに見える。さあ乗るべきか止めるべきか、せめてこれから詣らうとする鹿島の神の事触れでもあれば心が極るのに、その前触れもなく困つてしまふといふのである。鹿島の事触れなどいふ古い行事を知つて居てその場所に生かして使はれたこと、これなども他人の企て及ばぬ所である。

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生れ来て一万日の日を見つつなほ自らを頼みかねつも
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「一万日[#「一万日」は底本では「一万日は」]」は三十年弱に当るが、三十年と云つたのではこの場合歌にならない。観音様の縁日に四万八千日といふのがあつて珍しく日を以て年を数へて
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