を記録してゐるがこれがその最後のもので、悲痛を極めて居る。
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やや広く廂出したる母屋造《もやづくり》木の香にまじる橘の花
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「母屋造」は普通の入母屋造の略ではなく、王朝の寝殿造のことで栄花か源氏の光景を詠じたものと思はれるが、蜜柑の花の咲く暖地に出来た新建築と見ても構はない、木の香と橘の匂ひと交錯する趣きを味へばそれでも宜しからう。橘を思ふと私は直ぐ 五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする といふ歌を思ひ出す。作者の潜在意識にも或はこの歌があつたかも知れない。
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明るくて紀《とし》子は楽し薔薇を摘み茅花抜く日も我れみとる日も
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どんな静かな、またどんなじめじめした席であらうと紀子さんが一枚加はれば、朝日の射し込んだやうに急に明るくなる。生れついてさういふ賑やかさを紀子さんは持つてゐる。その人を歌つたこの歌の何とまた明るくて楽しいことよ。病人がこの人の看護でどれ程楽しい思ひをしたか、歌がその儘を示してゐる。茅花抜くといふのは紀子さんが「茅花抄」といふ歌集を出したのに因る。
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