の意味であらう。海棠は花の咲く前に掘り起して鉢に植ゑればやがて葉が出て花が咲く。一日小雨のそぼふるのをよい事に露地の苗を掘り上げ鉢に移し植ゑてやつた、之も町娘の知らなかつた里住みのをかしさであるといふのであらうか。この歌は第四集「恋衣」の歌だ。調子が調つてゐて隙のないのも蓋しその所である。

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わが上に残れる月日一瞬によし替へんとも君生きて来よ
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 中年以後晶子さんには心臓の弱い自覚病状があり、折※[#二の字点、1−2−22]病床にも伏したに反し、良人寛先生は全くの健康体を享楽することが出来た。そこで晶子さんは良人にみとられながら先に死んでゆく運命にあるものと信じてゐた。然るに事実は之に反し 我死なず事は一切顛倒す悲しむべしと歎きしは亡し といふことになつてしまつた。元来寛先生は作者にとつては尋常の配偶者以上の意味を持つ存在で、晶子さんをしてよくその天分を発揮させ大を為さしめたものは実に寛先生であり、歌の場合特に晩年は唯一人の読者ですらあつた。であるから側に先生の居ないことがどれ程寂しいことであつたか想像される。さうして多数の歌がこの心情
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