昭和九年七月赤城山上大沼でひどい霧に会はれたその時の歌。対岸の薬師山が忽ち化して霧になつたと思つたら、此の岸の板屋楓が今度は反つて薬師に化けた。をかしいこともあるものだといふ座興であるが、対岸の薬師山には恐らく薬師を本尊とするお寺か何かあるか、或は伝説でもあつて薬師に関係があるのであらう。さうでないと面白くない。

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物語二なき上手《じやうず》の話よりものの哀れを思ひ知りにき
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 私は嘗て年寄許りの席で老妓の昔話を聞いたことがある。大阪の話である。一つは滑らかな大阪弁がさうさせたのでもあつたらうが、私は感に堪へて聞いてゐた。この歌を読んでその時のことを思ひ出すが、確にもののあはれを思ひ知つたといふのであらう。恐らく誰にでもさういう体験はあらうか。

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恋をして徒になる命より髪の落つるは惜しくこそあれ
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 恋をすればいふ迄もなく命はすりへつてしまふ、かけ替のない命をすりへらすとは何といふ惜しいことだらう。しかしそれよりも尚惜しいのはこの頃のやうに髪の落ちることだ、かう毎日毎日落ちていつ
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