を見に行つたことがある。その頃の草茫々たる武蔵野を大風の吹きまくつて居た光景がこの歌を読むとどうやら現はれて来る。

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僧俗の未だ悟らず悟りなばすさまじからん禅堂の床
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 円覚寺の僧堂で居士を交じへて雲水達の坐禅をしてゐる処へ偶※[#二の字点、1−2−22]行き合せたものらしい。平常でも石の様に冷い僧堂が寒中のこととて凍りつく許りに見えたことであらう。しかしその一見冷い中にも修行者の集中した精神力から自然に迸る生気は脈々として感ぜられる、まだ悟らないからいい様なものの、もし一時にこれだけの人数が悟つたらどんなことになるだらう、その凄じい勢ひに禅堂の床などは抜けてしまふであらうと云ふのである。寛先生は若い時、天竜寺の峨山和尚に就いて参禅し多少得る処があつた様であるから、這般の消息は分つてゐるが、夫人は何らその方の体験なく唯禅堂の様子を窺つた丈で悟の前後の歓喜をよくこれだけ掴まれ、又適確に表現されたものだと思ふ。

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古里を恋ふるそれよりやや熱き涙流れきその初めの日
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 男を知つた第一夜の心を自
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